蒼い彗星 裏 no.9 / 13/06/26  2013/06/26

蒼い彗星 裏のバックナンバー

「空いた片手が寂しくて」

もうすぐバレンタインだと気づいたのは、一月も終わりの頃に大通りのデパートのショーウィンドウを見たからだ。ショーウィンドウの中に大きな赤と金色のハートマーク、ブランド物のチョコレート、チョコレートとは関係のない貴金属がマネキンと一緒に飾られている。
紘輝(ひろき)は「ふん」と鼻を鳴らした。多分、紘輝の性癖を知らない専門学校の女子たちが去年と同じく手作りだの本命だのと押しつけてくるのだろう。彼女たちの努力が水の泡だと知れたら、どんな顔をするだろう。決して自分の性癖を話すことはないのだが、時々勘違いした女がいるとイライラとする。
先日もやたらと体を触ってくる女がいて、ぶよぶよとした乳房をこれ見よがしに腕にひっつけてきた。
紘輝は女の体を猫に似ていて柔らかすぎると思っている。つかみどころがなくてぬるりとした感触。骨がない感じがしてすごく苦手だった。筋肉がないというだけで何という違いなのだろう。女の肉体の苦手な部分を上げることはいくらでもできるが、反対に男の体がどういう風に好きかといわれると困ってしまうのだった。
味覚と同じで、なんだか好みだからとしか言いようがない。滑らかな筋肉で引き締まる胸や腹、盛り上がる二の腕が好きなのか。はたまた、あの低くて背筋のぞくぞくする声音が好きなのか……。
紘輝の付き合う男は割に引き締まった男が多い。脂肪の多いタイプは少ない。デブ専といった人間もいるようだが、やはりあの柔らかな感触は好きではなかった。
思考が少しそれていく。紘輝はそうか、と納得した。アレと似た手触りが好きなのだろう。滑らかな駿馬をなでるような、ビロードの手触りを持つアレ。下世話かもしれないが、人間そのものより行為に執着しているから、男の持つアレが好きなのかもしれない。ひいてはアレを使う行為がたまらなく好きなのだ。
「とんだド淫乱」
紘輝は小さくつぶやいた。
セックスの最中によく罵られる言葉だが、まさに自分はそうなのだと自覚している。誰でもいいんだろう、と言われ、その通りだと心から思う。気持ちよかったらそれでいいんだ。それ以上のものは求めてない。
けれど、一人で歩く繁華街の大通りはさびしい風が吹き抜けていく。隣のスペースを埋めてくれる相手が、一人はいてもいいはずなのだが、紘輝が今まで他人に求めてきたものの反動で、さびしさまで埋め合わせてくれるような人間などいなかった。
「自業自得かぁ」
首元まで引き上げたコートの襟に唇をうずめ、紘輝はささやいた。
その時、コートのポケットに突っこんでいた携帯が鳴った。メールの着信音に気付き、紘輝はポケットから取り出した携帯の画面を覗き込んだ。
『今暇か』
雉本(きじもと)だった。