「なしくずし」 週に一度は携帯に届く八代からのメール。週末に飲みに行こうという顔文字付きのチャラチャラした内容。 工藤はそのメールを見るたびにため息をつく。 酒さえ飲まなければ、自分でも認めるくらい身持ちは固いほうだと思うし、分別もある。 ただ、酒を一滴でも飲むともう駄目だ。日ごろの鬱憤を晴らすように弾けてしてしまうようだった。一人で飲むと必ずと言っていいほど、次の日の朝、記憶が飛んでいて、しかも見知らぬ男のベッドの中にいる。 いままではやる側だったにもかかわらず、どうも八代に対して工藤はやられる側になっているようだ。 先週も先々週も、なし崩しに会うことになって、そのたびに次の日後悔することになった。 確かに、見知らぬ男とやるよりましかもしれない。ただ、複雑なのだ。 八代の指や唇、その声に情欲を催す自分に戸惑っているのだ。 ずくんと疼く自分のよこしまな欲望を正気のときに感じると、どうしようもなく恥ずかしくなった。 工藤は真面目なタイプだと自負している。真面目ゆえに酒がないと男を口説けない。 酒は、男とセックスすることにためらいを感じなくするための必需品なのだ。 いつの間にか知られていた――おそらく酔ったときに教えたのだろう――携帯電話に、退社時間になると八代から電話がかかってくる。 「工藤さーん、仕事終わったっしょ。飲みいくべ」 そこに八代の下心は感じ取れない。飲みに行こうと気軽に誘ってくる男友達と思えてくる軽さだ。 公務員の工藤の退社時間を正確に把握しているのは、きっと自分が話したのだろう。泥酔して前後も分からなくなっている自分が、八代に何を話したか知ることが怖い。今まで誰にも話したこともない黒歴史もベラベラ漏らしているかも知れなかった。 青冷めつつも、断る理由を見つけられず、電話口で工藤は黙りこくってしまう。 「どしたのー? うまい酒飲める店、見つけたからさぁ、工藤さん、一緒に来てよ」 うまい酒と聞くと食指が動く。酒に弱い自分をつくづく恨めしいと思いつつ、工藤は承諾した。 八代が案内してくれた店は雑居ビルの地下に店を構えたジャズバーだった。 確かに趣味がいい。矢代はいつもこうした何かしらおしゃれな店を見つけては工藤を誘いだしてきた。 工藤もこういった店が好きなだけに、流されるようにホイホイついていってしまう。 店の片隅にステージがあり、歌手がブルースを歌っている。伴奏はピアノと吹奏楽器だけだ。どうやらジャズだけではないらしい。 続 |