【家族談議】〜覚醒〜  2006/09/23

キングサイズのベットの中で動き出す物体が二つ。何事かを囁きながらシーツの海から抜け出る・・。

艶やかな黒髪に色白の華奢な造りをした少年と、栗色の髪に小麦色の肌をした健康的な少年が二人。大柄な男の横をすり抜けて行った。
時刻は午前七時を回っている。寝室から出た二人はわたわたと慌しく動き回り、各自急いで制服に着替える。キッチンへ向うとカウンターに朝食が用意されていた。
昨晩オイタをしたお陰で両名は揃って寝坊してしまい、ゆっくりと朝食を取る時間がない。二人は諦めたように溜息を着くと揃って食パンを咥え、牛乳パックを手にキッチンを後にした。

二人は大急ぎで玄関へと走り出す。狭間家の朝はいつも慌しいのである。

『ひっへひまーフ…!』少々間抜けな単語を叫んで両名はマンションを後にした。

『……さん…、…さん…』

霞みがかったような不確かな空間に見覚えのある人影が映る。俺は無意識にその人影に触れようと手を伸ばす。

『…タツナリ…さん』


肩を掴むと同時に振り返ったのはよく見知った人物だった。
「雅也…?」何故、こんな視界のはっきりしない空間に雅也がいるのだろうか…。状況を把握することが出来ずに俺は眉を寄せた。取り合えず立ち話も落ち着かないので俺は場所を移動しようと雅也の背を軽く押す。

何時もより華奢な肩の感触に疑問を抱きつつ一歩踏み出そうとした…瞬間…!ガン!ガン!ガン!という工事現場を連想させる騒音が鳴り響いた。先ほどまで不確かだった筈の空間が一斉にクリアになる。

「……ストッパーに捕まって何してんですか?」

……?

重い瞼を押し上げると其処には不機嫌そうな顔をした男の姿があった。

「…早く起きて下さい!仕事に遅れても俺は責任取れませんよ?!」

溜息混じりに告げられた言葉と視界に映った中華鍋にヒクリと口端が痙攣した。いくら俺が寝汚いからといってそんな起し方があるかよ…と喉まで出かかったものの、相手の形相にそのまま言葉を飲み込んだ。悲しきかな彼を怒らせると後々困るのは自分なのである。

「……朝くれぇ、優しく起せないのか…御前は…」

力無く低い声を絞ると間髪入れずに冷めた声が飛ぶ。

「そういう言葉は目覚まし時計で覚醒出きるレベルになってから言って下さいね?」男は極上の笑みを浮かべると中華鍋をガンっと勢い良く叩いた。

「……ハイ、ハイ…俺が悪かったですよ…」仁王立ちしている男を見つめたまま俺は仕方なくベットから起き上がることにした。

俺はベットから起き上がると煙草に手を伸ばした。取り出した煙草を吸うと嘘のように感覚が正常に動き始める。ようやく覚醒した俺はベットを降りると咥え煙草のまま勢いよくクローゼットを開けた。「…着替えて直ぐ事務所へ出るからスーツ出しておいてくれ…」

有能な右腕である男に視線を合わせると俺は倦怠感が付きまとう体を引きずってバスルームへと向った。
愛車を飛ばして向う先は、新宿にある事務所だ。あるツテを使って落とした曰くつき物件で俺が初めて手にした事務所である。在学中働いていたホストクラブがきっかけで現在はホストクラブを二件と他に会社を経営している。仕事盛りの20代とは言えたまには休暇も欲しいところだ。

しかし、そうもいってられる状況ではなく今日は新店舗の内装確認も兼ねて幹部と出勤という訳だ。
助手席でスケジュール確認をしているのが俺の右腕でありホストクラブの幹部に就いている雅也という男である。現在は、プライベートでも深い仲で所謂“婚約者”というやつである。男同士ということもあって蜜月時期といえど、どうしても互いに仕事を優先してしまうのが悩みであるが今のところ順調のようだ。



見慣れたビル群が現れたところでハンドルを切る。さて、仕事に集中するとしようか…。狭間龍成。23歳。職業ホストクラブオーナー兼派遣会社代表。


慌しい日常だが、気が向いたら覗いてみてくれ…乾笑。

新店舗の改装確認後、俺は空港へ向かっていた。今日は時間に遅れるわけにはいかないのである。腕時計に視線を向けると予定時間に間に合いそうであった。ホっと安堵の溜息が漏れる。

さて、一眠りしようかとシートに深く座りなおそうとした途端、慌しく携帯が振動した。俺は仕方なく携帯を確認すると弟からのメールであった。弟からのメールはシカトするワケにはいかない。やれやれ、と内心嘆きつつ受信ボックスを開いた。

狭間家は大家族である。両親を飛行機事故で亡くして以来、次男の俺が家長として暮らしていた。
年齢順でいけば長男である海斗が家を守るべきなのだろうが、生まれた順を間違えたのか性格が原因かは定かではないがいつの間にか当たり前のように次男である俺が弟妹の面倒を見るようになっていた。

デザイナー業が忙しい海斗に代わりに弟妹の保護者をしている。三男凪と四男ランは今年高校卒業で大学受験を控えていた。
今日も塾が終わり次第知人の店へ向う事になっている。五男誉は高校二年生で部活が休みになったからとメールを送って来たようだ。

擦れ違いになっては困るので、兄貴を迎えに行ってからマンションへ寄ることにした。誉にその旨を返信すると再度、携帯が振動した。俺の携帯が止まる事はないようだ。名前を確認すると、俺は通話ボタンを押した。
電話をかけて来た相手は親友の桔梗である。

『龍成、店の準備出来たけど海斗さん着いた?』

明るい声で話し始める桔梗に思わず俺も笑ってしまう。

「相変わらずテンション高いな、無駄に…」

桔梗には海斗が帰国するからと店の予約を頼んでおいたのだった。

「ちょっとそれどういう意味?アンタ人にセッティング頼んでおいて暢気に車乗ってんじゃないわよ!」まるで見ているかのような鋭い指摘に苦笑してしまう。俺は一つ咳払いをすると先を促した。

「…それで、俺は今から兄貴と誉を連れて店に行くけど平気か?」

一応確認しておくと、桔梗はOKの返事を寄越す。

「…うん、あたしと桜ちゃんはもう準備出来てるから後はアンタが海斗さんと誉君を連れてくれば良いわよ〜?」

この女はいつも明るい…底なしか?俺は電話口ではしゃいでいる様子の桔梗に笑った。


「では、二人を連れて向うから後は頼むぜ?双子が揃ったら着替えさせてやってくれ」

「凪君とランちゃんの着替えね?判ったわ……アンタのカードで支払いは済ませておいてアゲルV」

買い物好きの桔梗がいれば安心なので後のことは彼女に任せる事にした。

「……あまり派手な格好はさせるなよ?俺が兄貴に睨まれるんだからな…?」

一言釘を差すと俺は携帯の通話をオフにした。

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