蒼い彗星 裏 no.5 / 13/06/12  2013/06/12

「虜にしたい」

被写体をフレームに収める。至極簡単な作業である。
言葉ではたやすく説明できる。撮りたいものを四角い枠の中に捕えていけばいいのだ。
悟一(ごいち)はアナログの一眼レフを両手に携え、目の前の被写体と向かい合った。
カメラマンといえば聞こえはいいが、要は雑誌の一部を飾る写真を提供している写真屋にすぎない。その証拠に使用される写真に悟一のクレジットはつかないのだから。
悟一は物を撮ることで生活をしてきた。プライドはあるが、仕事は選ばなかった。食っていかないといけないという思いがあったからだ。
悟一は習慣になりつつある散歩がてらの被写体探しで、ある少年を見かけた。
少年は犬を連れていて、早朝か夕方によく見かけた。ちょうど、悟一が散歩コースに選んでいる路上で何度もすれ違った。ある時は河岸の堤防沿いで。ある時は公園外周の出入り口で。
少年は犬と寄り添い合い、一定の歩幅でまっすぐに前を向いたまま、通り過ぎていく。
犬のつながれたハーネスがなければ、少年の目が不自由だと気づかないほど、その歩みによどみがなかった。
最初は好奇心から悟一は少年を見つめた。しかし、次第にその少年の滑らかな肌や若々しい顔つき、堂々とした風情にひかれていった。
少年を撮りたいと思い始めるのに時間はかからなかった。
ただ、その機会がなかった。なかったから、いつしか悟一は少年の後をつけるようになっていた。

ほめられた行為でないことは悟一本人がよくわかっている。
俗に言う、ストーク行為だ。
それでも、悟一は自分を突き動かす衝動に逆らえなかった。
少年のことを知りたかったが、声をかけるきっかけがなかった。だから、隠れてフレームに収めるようになった。
レンズ越しに少年を眺め、四角い枠の中で少年の形を捕える。レンズを替え、さらにクローズアップし、少年がフィルムに吸い込まれることを願いつつ、シャッターを切った。



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