蒼い彗星 裏 no.6 / 13/06/12  2013/06/12

「虜にしたい」

家に帰り、悟一は自作の暗室にこもると、印画紙に撮りためた少年の姿を映しとっていく。あらゆる角度から覗き込むようにして捕えられた少年は、悟一にとって心を揺さぶる存在になりつつあった。
ひと時も忘れることはなかった。まぶたに焼き付いたその姿は、画像の中で歩き回り、悟一を見つめ、浮かべたことのない笑顔を向けた。

どうすれば、少年をフレームではなく、この手の中に捕えることができるだろうと夢想するようになっていた。
少年の名も知らなければ、その声も、真正面から見たその瞳の中すら、まったく分からないというのに。
悟一はファインダー越しに見つめる少年のうなじや耳たぶ、流線を描く頬、形いい鼻梁に神経を注いだ。もはや少年の目が見えないという事実は頭から消え去っていた。
次第に行動は大胆になり、悟一は少年のすぐ後ろを歩くようになった。もはやカメラは持っていない。
悟一の身の内を焦がす執着に名のつけようがなく、それを恋と呼ぶことにした。

こうして少年をつけるようになって、自然と少年の家を知り、少年の名字を知った。未だ、名前はわからない。
ストーク行為を重ねる間に、悟一は仕事を失った。替えのきく安い写真屋に首を挿(す)げ替えられた。
人には言えない秘密を持った悟一の逃げ道が、まるで悟られてしまったかのようにふさがれていく。
昼と夜となく、悟一は少年の家を訪れた。少年の部屋が二階なのか、一階なのか、それもわからぬまま、斜め向かいのアパートの陰で一日を過ごした。

声をかければいいだけのことかもしれない。けれど、何といって話しければいいのか分からない。
募り積もる情念に悟一の心はやがて圧し潰されていった。
今やカメラではなく、悟一の瞳がファインダーとなり、心がフレームとなった。
心に焼きつける少年の姿を悟一は直に欲した。どうしたいのか、何をしたいのか、分からないまま。

悟一は斜め向かいのアパートに空き室を求め、やがてそこに移り住んだ。春から夏に季節は移ろい、悟一は生活の一部だったカメラを手放して、ただひたすらに少年の姿だけを追った。
いつか、少年をこの手に捕え、悟一の心に焼き付けて、悟一というフレームの中で生きるように、それだけを望んで……。



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