蒼い彗星 裏 no.10 / 13/06/26  2013/06/26

「空いた片手が寂しくて」

なんだか、ほんのりと心が温かくなる。雉本が堅気の仕事をしていればいいのにと、過去何度も思っていたように、紘輝は雉本がお気に入りだった。そばにいて一番安心できる相手だった。体の相性がいまいちでも、今のような少しものさびしい時にいてほしい人間だった。
いつもの場所で待ち合わせる約束を返信し、紘輝はショーウィンドウをまた眺めた。
屑みたいな自分にも、やけにさびしい時は、肌よりも心を温めあいたくなる相手がほしいものなのだ。

雉本はセンスがいい。一見、絶対にあっちのやばい仕事をしている人間に見えない。長い髪を真ん中で分けて、片耳にかけている。待ち合わせ場所に突っ立って、タバコを吸いながらぼんやりしているのを、紘輝は見つけて声をかけた。
「お待たせ」
「ん……」
行儀よく、吸い殻を携帯灰皿に入れる。こんな人間が借金にまみれた人間を転がして、水の世界の底辺にたたき落としてるのだと、誰が思えよう。
雉本は多額の借金を背負った人間の体と人格を金に引き換えていく。
「借りた金を返すのは筋だ」
淡々と言いのける雉本の目は冷たく光がない。どこか深淵を見つめてそのまま己も落ちていく危うさが見え隠れする。背中から二の腕にかけて見事に彫られた唐獅子牡丹と般若面が、雉本という人間を垣間見せる。
だから、どんなに惹かれてもどれほど心地よくても、雉本にだけは心を開いたりしてはならなかった。けれど、空気の凍るような寒いこの時期にひと肌が恋しくなれば、紘輝は雉本に寄りかかりたくなる。たとえこの関係が肉体だけであろうと、一時的なものであろうと、その腕にしがみついて、その体に絡みついて、紘輝の心に空いた穴を埋め合わせたくなる。
紘輝が無言で雉本の腕にしがみつくと、不思議そうな視線を雉本が紘輝に投げかけてきた。
「たまにはいいじゃん」
紘輝は決して埋め合わすことのできない空白に、そっと破れやすいベールをかけた。
今だけは、こうして空いた片手いっぱいに愛の模造品を握りしめていたい。



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